公園のハトさんをズーム

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メカ音痴ってのは、たぶん一生もの。

カメラなんて、これまでの生涯でまともに使いこなせた試しはないが、スマホのカメラも同じ。

つい先日まで、スマホのカメラでズームができることを知らなかった。

それで、悔しい思いをしたことがあった。

オープンカフェでお茶を飲んでいたら、ランチのパン粉が落ちていたのか、2羽のスズメが足元にやってきた。

絶好のシャッターチャンス到来!

で、スマホのカメラで狙ったら、なんとも、スズメさんの小さいこと(笑)

「なんや、このスマホ、カメラのズーム機能もないのか」と一人ごちた。

ところが、知人に聞くと、画面をスワイプすれば、簡単にズームができるという。まさに「目からウロコ」(って、たいそうな)

それで、本日の公園でリベンジ。スズメはいなかったので、ターゲットはハト。

「ふふふ、撮影、成功だ。スズメでも、ウグイスでも、タカでも、ヘリコプターでも、なんでも来いや」と自信を深めた次第であった。

Elton John「Skyline Pigeon」 https://www.youtube.com/watch?v=nPzlGklVNb0

母のイコン

先日、母が死んだ。

享年90。大往生の部類だろう。

医師の見立ては老衰だった。

5年前に父を送っているので、

私は中年の末期に孤児になった。

母の想い出は人並みにあるが、

今はまだ語る気持ちにはなれない。

 

それよりも、イコンの話である。

その人を集約したイメージ、というほどの意味だ。

わかりやすくいえば、SNSやブログのアイコンのようなもの。

母の死の一報を聴いた瞬間から、

私のなかの母のイコンが、

それまでの病み衰えた老婆から

私が子どものころのふっくらとした母に

劇的に置き換わったのだ。

亡骸を見ても、遺灰を拾っても、それは変わらなかった。

父のときには体験しなかった現象である。

やはり母は「永遠に母」であるのだろう。

 

それで、思い出した母の歌がある。

母はまだ幼女だった私の姉を事故で失っている。

「ただひとり命終の闇に向う時にも思うべし幼く逝かしめし子を」

母の臨終(いまわ)の瞬間、

おかっぱの童女が手を引きに来たのかどうか、

それはわからない。

ただ、婆さんでも、曾祖母さんでもなく、

母が母として身罷ったことだけは間違いない。

母の子として、そう信じている。

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Enoの午後

本日の午後は、久々にBrian Eno三昧と行こう。

Brian Enoの新作『Someday World』は、UnderworldのKarl Hydeとのコラボ作。
Enoのヴォーカルもフィーチャーされており、初期の『Taking Tiger Mountain』やジャーマンロックのClasterとのコラボを連想させる、古くからのファンには楽しい仕上がりだ。
「The Satellites」https://www.youtube.com/watch?v=H22bwiMtyrs
「Daddy’s Car」https://www.youtube.com/watch?v=rDAuBFLkqpQ

Enoを聴き始めたのは、日野啓三の著作に啓発されたからだった。EnoのAmbient Musicは、当時貪り読んだ『夢の島』『砂丘が動くように』『きょうも夢見る者たちは…』など日野の小説世界と明らかに共鳴・呼応していた。
「そう、イーノとともに、私は世界を聴く。世界の音を聴くのではない。世界という音を聴く。耳で聴くのではない。意識の全体で聴く。聴くのではない。私が世界になる。世界が私になる。」(日野啓三『Living Zero』)

冬陽のようにかそけく、水面のようにゆらぎ、そしてバッハのように美しい。しかし、人間の体温や匂いが一切ない。そういう音楽だった。
私のお気に入りはこのあたり。
「Discreet Music」https://www.youtube.com/watch?v=yp1e0DHyYbg
「Sparrowfall」https://www.youtube.com/watch?v=Q7a4FhutMHc

これ案外、眠くならないけど、個人差があるかも。
春の午後にはちょっと危険かもしれない。

鉢のなかの生態系

ところで、万物の生気盈(み)つるといえば、

わが事務所の植物たち。

とくに目立つのが、柱サボテンの下草たちだ。

購入したときの柱サボテンには、当然ながら下草などなかった。

それがある日、小さな鉢のアジアンタムが枯れてから、

しばらくしてサボテンの鉢で復活した。

部屋のなかではけっこう離して置いていたのに、

いつのまに飛んだのか。

そのうちに事務所にはない羊歯系の草も生えだした。

窓からでも胞子が入ってきたのだろうか。

というわけで、いまはかくのごとく賑やかになった次第。

サボテンとアジアンタムと羊歯が共存する小さな生態系。

実際、植物ってヤツはたいしたものだ。

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銀杏の若葉

若葉の街を歩いていて、

新鮮な発見があった。

この俳句のままの光景に出会ったのだ。

「銀杏若葉はや銀杏形してをりぬ」(小林清之介)

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万物に生気が盈(み)つる季節。

4月も残りわずか。

今年の立夏は5月6日らしい。

銀杏のような若葉を生み出す力が

自分にも果たしてまだ残っているのか。

私の小さな分身を。

初夏を思わせる陽光を浴びて、

ふとそんなことを考えていた。

 

 

 

 

「物語の前奏」を更新しました

office TALのHP「Works」の「物語の前奏」に
『土佐国道工事事務所 40年のあゆみ―人とまちと自然を結ぶ土佐の回廊』の
巻頭特集「土佐の道」を追加しました。
古代から現代までの土佐の道のあらましを
5見開き(10頁)の口絵としてまとめたものです。
資料を集めるのに苦労したことを記憶しています。
前回アップした「Communication Road Kinki:ルートトラックの見る近畿の道」とともに
お時間があるときにでも、ぜひご覧ください。

 

阪神ファンの恍惚と不安

恍惚と不安。

それが6連勝して、ほぼ首位に並んだ阪神タイガースのファンの心理である。

首位は広島カープだが、ゲーム差なし。したがって、ほぼ首位なのである。

ならば、今夜にでも、首位になってから、ブログを書けばいい。

自分でもそう思うのだが、そうは問屋が卸さない。

明日からまた何連敗もして、ブログを書くチャンスを失するかもしれない。

そう思うのが、典型的な阪神ファンなのである。

思えば、この6連勝が始まる前。つい10日ほど前には、

「今シーズンもダメだ」

「Bクラス確定」

「和田監督の更迭はいつか」

などと、阪神ファンはみんな思っていたはず。

それが、いまは

「今年こそ優勝だ」

「今夜もニューダイナマイト打線炸裂だ」

「最低でもクライマックスシリーズ進出は確実だ」

などど、みんな浮かれまくっている。

しかし、その一方で、

こんな勢いが続くわけがない、

そのうち泥沼に落ちるに決まっている、

そう思っているのも阪神ファンである。

それが恍惚と不安。

楽観主義と悲観主義のマーブルチョコレート。

以下に引用したのは、ネットで見つけた「阪神ファンの性格分析」。

私は秀吉より信長が好きだが、その他はずばり当てはまる。

特 質  確 率
概して、関西弁を使いたがる、またはあこがれている (じつは隠しているものも多い) 88.5%
家康よりも信長よりも秀吉が好き 98.6%
「水戸黄門」が大嫌い(黄門ちゃま?も余り好きではない) 78.0%
4でなかったら1でもよいし、6でも8でも10でもよい (TVチャンネルのこと) 87.6%
黄泉瓜新聞は読まない (190%の確率、ただし敵の研究のため、いやいや読んでいる研究熱心なファンもいる) 99.8%
縦の縞模様を見ると血中のコレステロールと蛋白質が異常に増加する 89.6%
血が上ると川に飛び込みたくなる 68.4%
タイガースが勝つと11時台のスポーツ番組の梯子をする。 88.7%
上手くもないのにカラオケで「六甲颪」を歌いたがる 78.2%
どちらかというと勝負事に弱い。 86.3%
とってもとっても、本当に辛抱強い。 100.0%

というわけで、今夜も「恍惚と不安」は続く。

それは首位になろうが、連敗の始まりとなろうが変わらない。

「阪神タイガースは宗教である」といったのは井上章一先生だが、

イワシの頭の一挙一動に一喜一憂するのは

阪神ファンの悲しい宿痾なのかもしれない。

 

 

春の似合うJazz(あるいはCliffordの陽光)

ほんの2週間前まではセーターを着ていたのに、もうすっかり春。

春らしい陽気の日が続き、桜はほぼ満開になった。

以前、イチョウのころに紹介した近所の公園でもかくのごとし。

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2本しかない桜の1本。

通りかかったのが昼時だったので、

花の下でOLさんがお弁当を食べていた。

 

で、こんな日に決まって聴きたくなるJazzがある。

Clifford Brownの春または4月にちなんだ曲である。

かつて私が彼の伝記『クリフォード・ブラウン―天才トランペッターの生涯』に寄せたレビューがある(アマゾンカスタマーレビューに投稿)。

クリフォード・ブラウンというと、かつて寺山修司が有馬記念の観戦記でトウショウボーイを評した言葉を思い出す。「影なき男」である。確かテンポイントは「男なき影」と対照されていた。
概してモダンジャズの天才たちには、暗い影がべったりと付きまとう。麻薬、酒、放蕩、破滅願望。チャーリー・パーカー、バド・パウエルがその代表格だが、チェット・ベーカー、アート・ペッパー、マイルス・デイヴィスも御多分にもれない。その不良っぽさというか、反社会性というか、ダークなイメージがジャズの魅力の一部になっていることは否定できない。
しかし、ブラウニーには、そんな要素は微塵もない。暖かい家庭環境、クリーンな生活、温厚篤実な性格。抜群のテクニックと類い希な歌心。燦々と陽を浴びて表通りを歩んだ男、「影なき男」。しかし、その残された演奏に横溢するのは、スリリングで、ハートウォームな、紛れもないジャズの魅力である。唯一無比の魅力である。
「影なき男」は、しかし、生涯の最後に深い影に包まれる。交通事故による突然の逝去、享年は25歳であった。(後略)

私のClifford Brownへの評価はここに尽くされている。

ともに切れ味鋭いトランペットではあっても、

Miles Davisが殺人剣だとすれば、Clifford Brownは活人剣。

そういうイメージである。

だからこそ、生命が芽吹く春に、彼のトランペットはよく似合う。

「Joy Spring」https://www.youtube.com/watch?v=6tBJa8Ew6fQ

「It Might As Well Be Spring」https://www.youtube.com/watch?v=g5TMvOYgcR0

「I’ll remember april」https://www.youtube.com/watch?v=XSbaJxLGV7o

「April In Paris」(with Sarah Vaughan)https://www.youtube.com/watch?v=LJTxN6nIClA

お時間のある方はぜひ聴いてみてください。

個人的にはいずれもモダンジャズ史上、最高の名演のひとつです。

 

 

 

 

『新島襄全集』の装幀

いまの自分が編集者であるかどうかは心許ないが、

かつて編集者の駆け出しであった20代の半ばに担当したのが、

『新島襄全集』(全10巻)であった。

同志社の創設者の遺稿や草稿、書簡・日記などを集成したこの全集の

最初の編集者が私であった(その後、何人が担当したのか、途中で退社した私は知らない)。

休日に大阪の中之島図書館に出向き、

明治の偉人たちの全集の凡例をコピーしたり、

頁組を研究したことなどを覚えている。

今は鬼籍に入られた同志社の新島襄全集編集委員会の先生方には、

資料の取り扱いから編集者としての心構えまで、

数多くの貴重な教えを賜ったが、

そのことはまた稿を改めて記したい。

 

今日はこの全集の装幀の話だ。

先日、酔っぱらった頭で、

自分が関わった本のなかで最も好きな装幀はどれだろう、

そんなことを漠然と考えていた。

で、あまり長く考える必要はなかった。

これしか思い浮かばなかったのである。

装幀したのは、小島友幸さん。

当時、勤めていた出版社のだだ1人のデザイナーであった。

現在、装幀家として活躍している上野かおるさんは

小島さんを実際に「小島師匠」と呼んでいた弟子であり、

上野さんの成長を待って、小島さんは退社した。

『新島襄全集』で私が小島さんに出した注文は、

「明治と西洋を感じさせるものとしてほしい」

「同志社の雰囲気を醸し出したい」

「瀟洒なイメージにしてほしい」

の3つだったと記録する。

その要求はほぼパーフェクトに実現された、

当時の私も、それから30年を経たいまの私もそう信じてやまない。

変色している分(および写真の下手さ)はさっ引いて、写真をご覧いただければ幸いである。

 

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小島さんとは何年か前に電話で話したきりであるが、

今も元気に活躍されていることと思う。

いつか、当時の昔話でもしたいものだが、

弟子の上野さんがそういう席を設けてくれないものかと、

密かに期待している。

 

※おまけ

ちなみに帯は私のコピーです。

◎近代黎明期の巨星の全業を初めて集大成!! 膨大な未公刊史料が主をなす新島襄の全遺稿を校訂、編纂。近代教育史、キリスト教史に残した多大な足跡の全貌と背景を明示し、先駆性を湛えたその近代思想を現代に問直す、各界待望の全集愈々刊行。

 

 

 

ジャズベース:duoの楽しみ

「ベーシストのリーダーアルバムはつまらない」というのは、

おおかたのジャズファンの共通意見である。

「ベーシストとドラマーの・・・」とされる場合も多い。

延々と退屈なベースソロ、ドラムソロを聴かされるからだという。

ところが、私はベーシストのアルバムが好きだ(ついでながらドラマーのも)。

チャールズ・ミンガスなんか、聴く前から涎を垂らすほどの好物だし、

むしろ積極的にベーシストのリーダーアルバムを渉猟している。

そういえば、何年か前に某通販サイトで、

「ベース三昧 ジャズの壁の花を楽しむ」というリストをつくったことがある。

http://www.amazon.co.jp/%E3%83%99%E3%83%BC%E3%82%B9%E4%B8%89%E6%98%A7-%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%82%BA%E3%81%AE%E5%A3%81%E3%81%AE%E8%8A%B1%E3%82%92%E6%A5%BD%E3%81%97%E3%82%80/lm/SUSBHKAJVCO3/ref=cm_lm_byauthor_title_full

エレキベースも好きだが、

ウッドベースの体の奥まで響いてくる重低音がたまらない。

そんな私が最も長く聴き込み、

いまでも最もお気に入りのミュージシャンがチャーリー・ヘイデン(Charlie Haden)である。

昨日の午後は、ヘイデンのduoアルバムを集中的に聴いていた。

ヘイデンはduoの名手として高く評価され、

多数のduoアルバムをリリースしている。

そのなかには、パット・メセニーやキース・ジャレット、

オーネット・コールマンなどビッグネームとのduoもあるが、

ジャズファンにとっては意表をつかれたような相手も少なくない。

今回は昨日、聴いた順に紹介する。

時間のある方はぜひ視聴していただきたい。

ジャズベースの魅力の一端がわかると思う。

Charlie+Haden+chaden

① Charlie Haden & Carlos Paredes『Dialogues』(1990)

ポルトガルギタリストと共演した異色盤。ポルトガルギターはファドの伴奏などに使われる、ちょっと小ぶりの丸っこいギター。

「Asas Sobre o Mundo / Nas Asas da Saudade 」https://www.youtube.com/watch?v=Hj6fxDyNLOs

② Charlie Haden & Christian Escoudé『Duo』(1978)

こちらはフランス人ギタリストとジャンゴ・ライハルト(Django Reinhardt)をテーマにしたduo。

「Django」https://www.youtube.com/watch?v=g6zjpwULmdY

「Nuages」https://www.youtube.com/watch?v=3LOJwRAYlx4

③ Charlie Haden & Kenny Barron『Night and the City』(1996)

続いてはベテランピアニストとの瀟洒で都会的なduo。

「Twilight Song」https://www.youtube.com/watch?v=s858XbdhWa4

「For Heaven’s Sake」https://www.youtube.com/watch?v=YY7gVCJhjtM

「Spring is here」https://www.youtube.com/watch?v=7pgSlTHBif8

④ Charlie Haden『Closeness』(1976)

最後にこれらのduoアルバムの先駆けとなった名盤。Hadenが4人のミュージシャンとそれぞれduo。いずれも出色の出来映えだ。

Keith Jarret(p)「Ellen David」https://www.youtube.com/watch?v=qY5USW9w8rg

Ornette Coleman(as)「O.C.」https://www.youtube.com/watch?v=qN0TNNSlaX0

Alice Coltrane(harp)「For Turiya」https://www.youtube.com/watch?v=ZDmfMIZtR70

Paul Motian(perc.)「For A Free Portugal」https://www.youtube.com/watch?v=mEPw9FHo_ZI