いまの自分が編集者であるかどうかは心許ないが、
かつて編集者の駆け出しであった20代の半ばに担当したのが、
『新島襄全集』(全10巻)であった。
同志社の創設者の遺稿や草稿、書簡・日記などを集成したこの全集の
最初の編集者が私であった(その後、何人が担当したのか、途中で退社した私は知らない)。
休日に大阪の中之島図書館に出向き、
明治の偉人たちの全集の凡例をコピーしたり、
頁組を研究したことなどを覚えている。
今は鬼籍に入られた同志社の新島襄全集編集委員会の先生方には、
資料の取り扱いから編集者としての心構えまで、
数多くの貴重な教えを賜ったが、
そのことはまた稿を改めて記したい。
今日はこの全集の装幀の話だ。
先日、酔っぱらった頭で、
自分が関わった本のなかで最も好きな装幀はどれだろう、
そんなことを漠然と考えていた。
で、あまり長く考える必要はなかった。
これしか思い浮かばなかったのである。
装幀したのは、小島友幸さん。
当時、勤めていた出版社のだだ1人のデザイナーであった。
現在、装幀家として活躍している上野かおるさんは
小島さんを実際に「小島師匠」と呼んでいた弟子であり、
上野さんの成長を待って、小島さんは退社した。
『新島襄全集』で私が小島さんに出した注文は、
「明治と西洋を感じさせるものとしてほしい」
「同志社の雰囲気を醸し出したい」
「瀟洒なイメージにしてほしい」
の3つだったと記録する。
その要求はほぼパーフェクトに実現された、
当時の私も、それから30年を経たいまの私もそう信じてやまない。
変色している分(および写真の下手さ)はさっ引いて、写真をご覧いただければ幸いである。
小島さんとは何年か前に電話で話したきりであるが、
今も元気に活躍されていることと思う。
いつか、当時の昔話でもしたいものだが、
弟子の上野さんがそういう席を設けてくれないものかと、
密かに期待している。
※おまけ
ちなみに帯は私のコピーです。
◎近代黎明期の巨星の全業を初めて集大成!! 膨大な未公刊史料が主をなす新島襄の全遺稿を校訂、編纂。近代教育史、キリスト教史に残した多大な足跡の全貌と背景を明示し、先駆性を湛えたその近代思想を現代に問直す、各界待望の全集愈々刊行。


なんか……、竹屋さん凄い!(-o-;)
カッコいいな……(*_*)
いや、なんにもカッコいいことないですよ。
新島襄は偉いけど、私は単に担当しただけ。
たまたま巡り合わせです。
もちろん、いい勉強になりましたけど、
後年、それを活かす機会はあまりありませんでした。
『新島襄全集』のケースに使用されている用紙のシルビーヌ(ラム)は廃品になったと思います。あの滑り感がすごく好きだったのですが、お気に入りはなくなってしまい、もう一つ好きになれないシルビーヌが残りました。
お母様お亡くなりになったのですね。寂しくなりますね。
どうも、ちょっとご無沙汰です。
シルビーヌは当時、新しい紙で、新鮮さと高級感がありました。
いわゆる全集物のケースの紙としては、それ以前には見たことがなかったと記憶しています。
年喰って、ほとんど編集の仕事をしていないので、
もう用紙とかクロスとかは、まったくわからなくなりました。
装幀もどれがいいのやら、悪いのやら、さっぱり門外漢になりました。
母は90で老衰ですから、さすがに現世の牢獄から解放されたという感じではないでしょうか。
残された者たちの感傷はまた別のこととして・・・。