さよならだけが人生ならば
また来る春は何だろう
(by 寺山修司)
冬の間、裸木になっていたミニ盆栽の楡欅。
いつの間に芽吹いたのか、
今日の昼、
小さな、小さな若葉を見つけた。
よく見れば、ほかの枝先にも緑の粒が萌している。
まだ寒い夜もあるが、
もう春は駆け足でそこまで来ている。
季節は巡り、人は去り、
そして人は残る。
昨日。3月1日。
武田栄美さんを送る会、開催。
予想を上回る39名の方々にご参加いただきました。
ご参加いただいたみなさん、ほんとうにありがとうございました。
なかでも家族ぐるみでお付き合いがあった小島電化センターの小島様、
20年来、武田さんの美容師を務めた武村さんと、スタッフの與世田さん、
仕事関係ではない友人として唯一参加いただいた茶室さん。
ほとんど知らない人たちばかりのなかにご出席いただき、
心のこもったコメントまでいただき、深く感謝しております。
正直、慣れない進行役に四苦八苦で、
みなさんの言葉をしっかり受け止めることができませんでした。
ただ、武田さんのことをお話しいただいているみなさんの姿から
きらきらと泡のようなものが漂いだしていると感じました。
この泡が虚空に集まって、武田さんの行く先を照らす一条の光となればいい。
そう願っていました。
武田栄美さんの安らかな眠りを、
本日ご参加いただいたみなさんとともに、
心からお祈りしたいと思います。
この年になると、人生とは何かと改めて考える。
一部の偉人を除いて、死んだあとに残るものなどほとんどない。
ならば、その人と交わった人たちの記憶だけが
その人の人生の証なのかもしれない。
そんなことをツラツラと考えている。
先般亡くなった同僚のことを
少しでも多くの人たちの記憶に
1日でも長くとどめておいてほしい、
そんな気持ちで送別会を催すことにした。
以下はその案内状です。
参加ご希望の方はご連絡ください。
武田栄美さんを送る会
去る2月13日、武田栄美さんが永眠されました。
3年余の闘病生活の果てのことですが、
早すぎたご逝去という感は否めず、心より哀悼の意を表します。
つきましては、友人として、仲間として、
武田さんと交流のあったみなさんにお集まりいただき、
ささやかな送別の会を催したいと思います。
武田さんの生前の想い出や人となりを語り合い、
いつまでも私たちの記憶にとどめておくために。
武田栄美さんを送る会 発起人
木村京子 上野かおる 檀特隆行 桐山吉生 竹屋 誠
下記要領にて開催いたします。
ご多忙中とは存じますが、ぜひともご参加ください。
記
名称:武田栄美さんを送る会
日時:2015年3月1日(日曜日)
時間:14時から16時(13時45分ごろにお集まりください)
場所:アモーレ 木屋町 075-708-7791
http://tabelog.com/kyoto/A2601/A260201/26012647/
住所:京都市下京区木屋町通仏光寺下ル和泉屋町161
会費:6,000円
※カジュアルな服装でお越しください。
お香典、故人への贈り物等はご遠慮ください。
長年のパートナーが逝った。
昨夜のことだったらしい。
3年余の闘病生活を経て、
生命の灯がとうとう尽きた。
20代の半ばから30年以上、一緒に仕事をした。
少し年長だったが、常に私をサポートしてくれた。
いつもじれったいほど、一歩ずつ、一歩ずつ、
堅実に自分のスタイルを貫く
そんな仕事ぶりだった。
仕事でも、私生活でも、ピンと背筋が伸びていた
そんな人生だった。
さらば、武田栄美。
武田さんの好きだったBoss(ブルース・スプリングスティーン)をかけようと思ったんだけど、
ここには1枚もなかったんだ。
だから、Neil Youngの『Tonight’s the Night』を選んだ。
全員が酔ってデロンデロンになって、友を偲んでいるアルバムだ。
あの「チクノウ声」って、武田さんはよくクサしていたなあ。
私らしい追悼曲だと苦笑している顔が浮かぶ。
先月、最後に会ったときに、
「事務所もいつまで維持できるかわからない」と私がいったら、
「戻るところがなくなったら(復帰をめざして闘病する)張り合いがなくなる」と
意外に明るく話してくれたことを思い出す。
あれは、私を励ましてくれたのだったろうか。
これからも私は仕事中にふと振り向くだろう。
そこに武田さんがいて、
朝から夜までコツコツとゲラや原稿に向かって、
赤鉛筆やボールペンをせわしく持ち替えたり、
几帳面に定規を使ったりしている音が聞こえた、
そんな気がして。
さようなら。
まがりなりにも今日まで
キャリアを積んでこられたのは
あなたのお陰でした。
心からの感謝・・・
そして、
合掌。
もちろん、あなたの家にもいましたよね。
そう、Nipper(ニッパー)くん。
えっ、なにそれ? っておっしゃる方も、
ビクターの犬といえば、すぐわかるかな。
私の子どものころには、「一家に3匹」状態。
たいていどこに家にも、大中小の3匹が
ステレオやテレビの上やそばに並んでいたもの。
このニッパーくん、
19世紀末期にイギリスの画家フランシス・バラウドが描いた絵がオリジナル。
画家の兄の飼い犬で、客の足を噛む(nip)のでNipperと呼ばれたとか。
兄の死後、画家がNipperくんを引き取り、
ある日、蓄音機で亡き兄の声を聞かせたところ、
Nipperくんは「あっ、ご主人様だ」と(吠えたかどうかは知りませんが)、
熱心に聞き入ったといいます。
その様子が描かれたのがこの絵で、タイトルは「His Master’s Voice」。
で、蓄音機を聞くNipperくんは1900年にグラモフォン社の商標として登録され、
わが国では日本ビクターに使用され、
とくにノベルティとして陶製の置物が大量に配布されたのです。
一時は家庭の置物として、北海道土産の木彫りの鮭と覇を競ったNipperくん、
昨今はオールドスタイルの喫茶店くらいでしか見かけなくなり、
心を痛めておりました。
ところが、どっこい、
今日、近所のレコード店で例の陶製像をはじめとしたNipperくんグッズを発見。
(しかも、Jazzのコーナーに置いてあったのが、なんだか心憎い。)
で、そのなかで気に入ったのがこのマグカップ。
なんと、Mini Nipperがカップの耳に鎮座。
かわゆい。
ということで、これから当分は
コーヒータイムの友として
このマグを重用するつもり。
本日より早速、Nipperくんは
蓄音機ならぬ、ミニコンポから流れる
ヘヴィーなジャズに聞き入っているようです。
元旦の雪に象徴されるように、
今年の寒さは例年になく厳しいですね。
ところが、わがオフィスではまだ晩秋。
すなわち、落ち葉の季節なのです。
まずは楡欅のミニ盆栽。
2週間前くらいから葉を落としはじめ、
いまこんな状態。
ん? 未練たらしく葉を残しているのは、
誰かさんの頭のよう、だって?
放っておいてください!
で、お次は去年、20センチばかりノッポになったセイロンライティア。
こちらも残す葉はわずか。
マッチ棒をつないだみたいな姿になりました。
夏場には2カ月以上にわたって、
清楚な白い花を咲かせたあの生命力は
いまは窺うべくもありません。
オフィスが温かいせいか、
毎日の朝陽と西陽が容赦なく照りつけるせいか、
約2カ月遅れの小さな秋。
正月明けの予期せぬ贈り物でした。
いまから春の芽吹きが楽しみでなりません。
願わくは、小さな春は小さな秋と違って、
一足早くオフィスに訪れてほしいものです。
欲張りでしょうか?
本当に久々の投稿です。
ご無沙汰しておりました。
あっという間に、今年も終幕。
時間が過ぎるのが、あまりに速い。
「須臾(しゅゆ)の間」という言葉が頭に浮かびます。
調べてみると、須臾とは千兆分の一のこと。
刹那(せつな)は百京分の一だから、
須臾は刹那より小数点下のゼロがまだ3つ少ない。
まあ、浮き世にどっぷりの凡夫の身では、
どちらでも同じようなものです。
時が矢のごとく駆け抜けていくのは、
やはり怠けているからなのでしょうか。
来年は蟄居していた穴蔵(事務所のこと)から抜けだし、
もっと世間様に交わりたいな、と殊勝なことを思っています。
すっかり熊化しておりますが、早く人間に戻りたい・・・
数年前から年賀状をやめました。
虚礼廃止とかそういう主義主張ではなく、
たんにモノグサが高じた結果です。
今年お世話になった皆さま、
とくに新たに巡り会えた皆さまに、
ここで篤く御礼申し上げます。
来年もよろしくお願いいたします。
願わくは
街に戻った熊に温かくお声をかけてください。
たくさんの素晴らしい出会いがありますよう
祈って、本年の業務を締めます。
ありがとうございました。