「面白い本はきりなくあり、時間との競争は、のどかにも心せく」(「晩年の読書」、『不思議な微熱』所収)
小説家・中村真一郎の晩年のエッセイの一節である。
中村は和漢洋の古典から現代文学・評論、ミステリーに至るまでの膨大な蔵書に埋もれ、「しかも毎月、十冊ほどパリから届く本、やはり知友や出版社から贈られる数十冊の本、散歩の途次に気まぐれに買い求める、これも少なからざる内外の本というのが、人生の持ち時間が減少するのに反比例して、未読のまま増加していくのである」(同前)と(半ばうれしそうに)嘆息する。
もとより、このような知の巨人と比較するべくもないが、この十数年は多忙に紛れて、仕事以外で本を読むことが少なかった。多くの本が積ん読状態で放置され、本棚の肥やしとなっている。
最近、少し時間ができたので、なかなか手に取れなかった大冊にでも挑戦したいと思ったのだが、すっかり本を読む習慣を失っていることに気づいた。それで、まずはリハビリと読みやすいミステリーや時代小説に耽っている始末。最近のお気に入りは東直己の札幌ハードボイルドで、主として通勤時間に熱読している。
これじゃあ、いけないと思うのだけど、中村先生もこう書いているので、凡夫にはなす術もないかも・・・。
「ただ私には、中年以来発生した、多分、性格的弱点にもとづく悪癖があり、深夜など目覚めて頭が正常な読書に耐えない時には、枕もとに積みあげたタンテイ小説と淫書の山を掘り崩すことにより、少ない時間を更に少なくさせてしまうのである」(同前)
ちなみに中村真一郎の蔵書の主要部分は日本近代文学館に寄贈され、中村真一郎文庫として保存されている。その数は洋書2,200点を含む7,250点である。