そして僕は残る(あるいはミラボー橋)

ミラボー橋

自分の原稿だからということもあるのだろうが、

最近、校正の見落としが多い。

疲れているときには

小さな字はいっそう見えづらくなる。

そもそも武田さんと仕事をしていたときには、

自分で校正なんかしたことがなかったんだ。

その武田さんが逝って、先月で2年が過ぎた。

多忙に過ごすうちに、何気なくその日は終わっていた。

頭の片隅にはあったが、仕事に追われ、追われるに任せた。

そんなものだと思う。

大勢の方に集まっていただいた「武田栄美さんを送る会」で、

私はいった。

「亡くなった人は、親しかった人の記憶にしか残らない。

だから少しでも長く武田さんを忘れないでいてください」と。

そういった本人からして、この有様である。

こういう苦い思いとともに、

いつも浮かんでくる詩の一節がある。

ギョーム・アポリネールの「ミラボー橋」。

なにを隠そう、私の大学の卒論はアポリネールだったのだ。

(別に隠していないが、できれば隠しておきたい。恥)

夜よこい 鐘もなれ
日々はすぎ 僕は残る

大学のときに少しだけ習った窪田般弥先生の訳。

これが堀口大学訳だとこうなる。

日も暮れよ、鐘も鳴れ
月日は流れ、わたしは残る

福永武彦訳だとこれ。

夜よ来てくれ鐘は鳴れ
日は過ぎ去つて僕のみは

私が口ずさむ記憶の一節は実はこれらの混合体。

日は流れ、鐘は鳴り
そして僕は残る

元より原詩なんて頭の片隅にもない。

こうなると、あきらかに誤訳である。

武田さんが知らない、蹴上の事務所に移転してから

今月の初めで1年が過ぎた。

「そして僕は残る」

それさえ、あとどれだけ続くことか、

一寸先は誰にもわからない。

とまれ、また桜が咲き、

若葉が萌える季節がやってくる。

それを待ちわびるわけでもないのに。

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